2011年9月14日水曜日

第十一週目。(雨降って地固まる)

第○週目と書くこのシリーズも11回目を迎え、更新頻度があがった今となっては必要なのかどうか分からなくなってきました。ただ、自分にとってここでの時間感覚を保つ意味も込めてこれは続けていきます。

日本にいる友達から「意外と更新できるねんな、結構環境よさそうやん?」みたいなことを言われましたが、確かにインターネットなんて使えると思っていなかったのでその点では正解なんですが、決して環境がよいから更新頻度が高いわけじゃないことは是非とも知っておいていただきたいです。当初はこの国のインフラ状況を鑑みて週1ぐらいでしか更新できひんかなと思ったので、せめて週1は更新するぞという足枷の意味を込めて始めたのが第○週目シリーズだった訳です。ただそれが最近では一日に1,2回は更新できているというだけで、インフラが整っているから更新が頻繁なのではなく、インフラが整っていないから更新が頻繁になるというマジック。次にいつ更新できるか分からんから、チャンスがあるときには更新してまえって思ってたら結果としては更新頻度が上がるんですね。電気がないときはできることがほとんどないから、授業準備が終わったらせっせと次の更新記事を書き溜めておいて、電気が来た瞬間にぴゅーっと送信する。そしたら,だいたい一日に1,2回になります。
まあ実際にここ最近(4,5日)は調子がいいです。なんと、ほぼ毎日12時まで電気があります。夕方6時ぐらいから12時ぐらいまでノンストップ。すごい!すごいぞチューク!といっても、他州は24時間電気あるんですけどね。がんばれ!がんばれチューク!

さて、前置きが長くなりましたが。定期更新をしていくこの第○週目シリーズなので、せっかくなのでこれからは活動の報告の場にしていこうかと思います。

教科書がない、子どもが英語を話せないという最悪の環境でスタートしたものの、今ではなかなか快適に過ごしております。
まず教科書問題については実家に頼んで姉の旦那さんにPDFデータにして送ってもらったのでとりあえず解決、また先日彼女が大量の問題集を郵送で送ってきてくれました。頼んでた訳じゃなかったのにこれは感激!とりあえず今はその問題集のチューク語翻訳をせっせとしています。
次に言葉の問題はこれは正直なところ今も顕在しています。ただ、授業で使う言葉なんてのはたいしたものではないので慣れるに従って余裕が出てきたのも確かです。こちらから生徒に話すのは自分の知ってる言葉で話したいことを作るだけなのでそれっぽくは話せるんですが、問題は生徒からこちらに話しかけてくる時ですね。子どもの言いたいことをキャッチできない。これは致命的。今の最大の壁です。ただ、大事な内容を子どもが伝えたがっているときなどは、2年生にしろ3年生にしろ英語が出来る子どもも何人かはいますので通訳係みたいなんが出来てきました。まあ、自分にできないことは誰かに補ってもらえばええだけの話ですね。自助努力は続けつつ、これまで通り適度に誰かに甘えて活動を推進していきたいと思います。

また、昨日の投石の件ですが、朝一番に二人の子どもがわざわざ握手をしにきてくれました。昨日で解決したはずだったのに、目を見るとまだうるうるさせながら。きっと、まだ不安だったんでしょう。「ポチャックン!(元気だよ!)」と言って足を見せ、ニコっとすると一気にパッと顔が明るくなりました。
一日経ったら絶対もう覚えてなくてあっけらかんとしてるだろうなと予想していたのに、予想外な反応にびっくり。あの後も考えてたんでしょうね。他の先生いわく、昨日は放課後になっても教室に残ってしくしく泣いていたそうです。
まとまりのまったくなかった2年生ですが、このクラスはよくなると思いますね。日に日によくなっています。まあ、結構がしがしとおこってますけど。問題がいっぱい起こるクラスって言うのは元気なクラス。そして、子どもは愚直なまで真っ直ぐ素直です。喧嘩したり、プリント丸めたり、ゴミを撒き散らしたり、トイレいって帰ってこんかったり、引っ張り合いっこして服がびりびりになったり。問題が毎日のように起こるので放置しているとどんどん崩壊していきますがそれだけ指導する機会にめぐまれていると言うわけで。怒っても怒っても泣かしても泣かしても休み時間になると「ティーチャーコーターーイ!」とべたべた甘えてくるこの2年生をどないかしたいなと思うわけですね。

2011年9月13日火曜日

名誉の負傷。

今日、子どもが喧嘩している場に立ち会いました。

活動の片手間程度で教えてた日本の歌だったんですが、気づけば歌詞も覚えて上手に歌えるようになってきたんです。だから中休みにビデオでも撮ってやろうかなと思ってカメラを設置したんですよ。そしたら、みんな大喜びするのはいいんですが、興奮状態になってしまい後から来た体の大きい女の子が場所をとろうとして小さい男の子を叩いたんです。小さい男の子は泣き出して、女の子はそれでも謝りもせずへらへら笑っている。このタイミングで「なんで友達が泣いてるのに、君は笑ってられるの?ちゃんとまずは謝りなさい」と言ったのですが、女の子は興奮冷めやらぬ様子でまだふざけている訳です。それを見た男の子は悔しかったのでしょう、涙を拭った男の子は手をワナワナと怒りに身を震わせていました。

すると、次の瞬間に男の子が足元にあったデッカイ石を持ち上げて女の子にぶんっと投げつけました。それはないやろってぐらいの大きさの石、ちょうど私の握り拳一個分ぐらいですかね。

女の子と男の子の間ぐらい、ぎりぎり手が届かないところに私は立っていました。男の子の投げた石はちょうど女の子の顔をめがけて飛んでいきます。女の子が避けれたとしても、その後ろには何も知らずに遊んでいる子どもがわんさか。

さて、このシチュエーションはどうしたものか。

ちょっとこれはやばいな、と思った瞬間に反射的に体が動いていました。手では届かない距離だったので石の軌道にあわせて自分の左足をあげ石を蹴り落としそのまま二人の子どもをどっちも捕まえて教室に連行。
いやぁ、我ながらアクション映画さながらとまでは言わないまでも、なかなかの動きをしたとこれは自分で自分を褒めてあげてもいいと思います。もちろん見ていた生徒はスタンディングオベーション。ものの数秒ぐらいだけ空手やっててよかったなぁと思ったんですが悲劇はそこからでした。生徒をとりあえず教室にいた別の先生にあずけ、落ち着いたんですね。興奮が冷めアドレナリンがおさまるや否や、ものすごい痛みが襲ってきました。そして、焼き餅の如く膨らみ始める足。

ぐおぉぉぉぉ。

よく考えたら石を受けた場所、ほぼ弁慶の泣き所な訳ですね。まあちょっとそれより下やけど。でも、ちょっとこれはいいチャンスやと思いまして、喧嘩した二人を呼んで話をさせてもらいました。鉄は熱いうちに打てというか、ほとぼりが冷めるまでが勝負ですからね。この前に動物に子どもがすぐに石を投げたりすると書いたんですが、人間に対しても一緒なんです。自分が起こすアクションに対して何が起こるかを考えないからびっくりするような石を持ち上げて友達に投げつけたりするんです。そして、その結果が今まさに目に見える形になって私の足にあるわけで。血の滲んだ足、ぷっくり腫れ上がった足。それを見せて子どもに話をしました。石を投げたらどうなるか、どんなに怒っていてもやってはいけないことがあるということをね。ただ、理由なく投げた訳じゃないので原因になった女の子にもそもそも最初友達を叩いてしまったときに謝っていたら石を投げることもなかったんじゃないかという話をしました。

怒って話したわけでもなくゆっくり話したのに、二人の子どもは冗談かのようにボロ泣き。鼻水をじゅるじゅるにして泣きながら話を聞いてくれたのできっと分かってくれたのでしょう。めでたしめでたし。

その後はスナックバー(売店)の飲み物を冷やしている氷をもらって足を冷やしたらだいぶん良くなりました。奥の方がずーんずーんと痛むので一抹の不安はありますけどね。

私たちの隊次からJICAからの出国時の医薬品の支給が一切なくなったのでこういうときは正直かなり困ります。確かに人によっては全然使わないこともあっただろうし、また無駄になっていた国や地域もあったかと思います。そんで削るなら全員一律で支給を止めるのがフェアだという判断なのかもしれませんが、一律で何かをすることがフェアだという考えはこれだけ国も違うし、要請内容も違えば治安も医療事情も違う協力隊に関してはそぐわない考えだと思います。

少なくとも、自分たちの州(といっても実際は他の州とは海で隔絶されていて別の国のようなもの)にはJICAの事務所もなければ、ドミトリーもありません。つまりは何かあったときに公式に駆け込める場所はないです。そして、病院はといえば現地人すら利用したがらないようなレベル。救急車なんてたまに走っていますが実質死んだ人を運ぶので霊柩車になっています。先輩隊員はチュークの場合は注射器まで支給されたよ、といって見せてくれました。もし、病院にいかなきゃならなかったときに、これを使ってくださいというためのシロモノらしいです。
まあ、いいんだけどね。でも正直なところなんだかなぁーって気持ちはしますね。

たとえば、薬だけじゃなくドミトリーについてもそう。ドミトリーっていうのは隊員連絡所みたいなところで、必要であれば宿泊もできる隊員同士が集合できる場所。まあゲストハウス的なもんを想像してもらえばよいかと。ミクロネシアは4州ありまして、現状は首都であるポンペイと、石貨で有名なヤップにだけドミトリーがあります。昔は実は4州全てにドミトリーがあったそうです。まあ、実質4州全てが別の国みたいなもんやし、行き来するのにも飛行機を使わないことには出来ないこととかを考えるとそれも別におかしくはないと思うんですが、そこらへんは予算の都合とか他の国との兼ね合いもあるんでしょう、縮小しろとの流れになった。それは理解できます。でもなんでチュークなのっていう話ですね。その当時、チューク隊とコスラエ隊は数が少なかったらしくドミトリーがなくなったと聞いていますが、数の問題なんでしょうか。事務所のある首都隊員は事務所で集まろうと思ったら集まれるし、ヤップも安全な州だから集まるのに苦労しないでしょう。何よりこの2州にはタクシーがありますからね。まぁ首都は何かと使い道があるとおもうのでよいとしても何故ヤップなのか。人がたくさんいる州ということはそれだけ安定性のある州な訳ですよね。要請を受けられるだけの。事実、ヤップ隊員すらヤップのドミトリーをチュークに移したらいいのにと言うぐらいなんですから。道もぐちゃぐちゃ、治安も悪い、集まれる場所なんて皆無に等しく、集まれる場所が確保できたとしても移動手段がないチューク。
まあ、いいんだけどね。でもやっぱりどう考えてもなんだかなぁーって気持ちは拭い去れませんね。

足がずきずき痛みます。

2011年9月12日月曜日

お月見。

今年のお月見はカリン様としました。地元の友達にカリン様は神様じゃないと指摘され調べると確かにカリン様は猫の仙人という設定でした。しかし、説明しようとすると神様以上にややこしくなりそうなのでやっぱりパパスに説明するのはやめておきます。


さて、お月見。
日本からは今日のお月さんは見えているのでしょうか?

さすが暗黒の国チューク。こんなことになっていますよ。綺麗でしょ。今日は停電後もさぞかし明るいことでしょう。



しかし、デジイチの性能はおそるべし。昔天体望遠鏡にカメラ接続して撮影したやつと負けず劣らず。天文部時代を少し思い出しました。あの頃は全天の星の名前ほぼ全部覚えてたし星座の名前はおろか、ギリシャ神話もほぼ丸暗記してたのに。今は全部忘れちゃったなぁ。

そういえば、日本で満月の時、全世界が満月って知ってた?
というか、月の満ち欠けは世界共通なんですよ。だから、月を見て故郷を想うみたいなのは理にかなってますよね。

暗いのも悪いことばっかりでもないですね。真っ暗の中、ぼけーっと月を見ていたらいろんなことを考えられます。チュークに来て失った物もいっぱいあるけど、得た物もいっぱいありますよ。一番でっかいのは感謝の気持ちかな。ここには当たり前に日本ではあったもんがなんもなくて、そんなこと日本にいるときには分かってたんだけど頭で分かるのと身体で分かるのは違うんですね。ほんとに分かりました。それはモノだけじゃなくて、人のありがたさだとか、そんなんとかも全部含めてなんですけどね。ふと自分はなんて恵まれたやつなんやろ、なんて思うわけです。目に見えんもんも手近になくなるとそこに自然と穴が空くから存在を感じるわけですね。存在を感じるというか存在のなさを感じることで確かにその存在を感じるのです。あー、これか。この部分がアレでこの部分がアイツか、みたいなね。ふとした時、自分に穴を感じるってことはそこに何かがあるんです。

去年食べた月見団子さん。


彼女と大喧嘩しながら食べたのを思い出しました。
今年はうさぎ団子はいないけど、しゃあないから月の中のうさぎで我慢します。

ほいじゃら、なんか無性にさみしなってきたからウクレレもってカリン様と屋根の上で歌ってきます。あでぃおーす。