2011年9月30日金曜日

生はだめ!病気に気をつけて!

どうやら私の体調が悪いから気遣ってくれたのでしょう。朝起きると起こさずにどこかにいっていたようです。起こさずにね…。

目が覚めた時間はぴったり7時半。本来なら学校にいなきゃいけない時間です。まあこの時間に学校にいる先生はレアですがね。ただ、私はボランティアであることと担任を持っていないことで7時50分までに来てたら問題何もないからと言われてるのでセーフ!…でもない。家から学校まで歩いて15分、シャワーも浴びず、服も着替えずに飛び出して学校に行きましたよ。到着したのは7時50分ジャスト。別に授業時間までに着けば何の問題もないし逆にちゃんと時間内に着いたからといって褒められる訳でもないんですが、そこらへんは日本人としてのプライドですね。

もちろん朝食を食べる時間もなかったので、スナックバーにて弁当とラーメンを購入。ラーメンは朝食、弁当は昼飯ですね。


もう湯もいれちゃって後は食べるだけという瞬間に、なんだかオフィスの方が騒がしくなったのです。「コーターーーーイ!!イファ イ コーーーーーターーーーーイ!(広大はどこー?)」どうやら誰かが私を探しているようです。

ひょこっと職員室から顔を出すと、にっこにっこのママスがいました。「アー ウェシ センメン? カー エチック! モゴモゴモゴモゴ!(病気治ったの? お腹減ってるやろ! 食え食え食え食え!)」と手には大きな袋をぶら下げています。どうやら、家に誰もいなかったのは私の為にコレを買いにいってくれていたみたい。ほんで、家に帰ったら私がいなかったので大慌てで追いかけてきてくれたということですね。


ママス的には最近私がダイエットしはじめたことを知っているので、食事が減った→腹が減る→病気をするという算式なようで。前から、腹が減ったら病気するよと何度も繰り返し言われていたのです。それにしても、でかいでしょこのサイズ。パンケーキの大きさにママスの愛情を感じますね。チュークに来て初めて生卵を食べました。パンケーキの上の卵焼きがほぼ生でした。生はやばいかな、犬にやったほうがいいかななどと少し考えたのですがその瞬間にあのにっこにっこの笑顔が浮かんできたので食べちゃいました。もし、明日の更新がなかったらこの卵で昇天したと思っていてください。


ほんで、仕事から帰ると弟が今日はびっくりするぐらいご機嫌でした。明日の土曜日が祝日なので振り替えで金曜日が休みだったようで。ちなみに私は月曜日が振り替えで休みです。なんでご機嫌なのかと思うと…買い物に行く日だったようです。着替える暇も風呂に入る暇もなく、さあ行くよとやる気満々の家族。どうやら私を待ってくれていたようで。

お店に着いて五分後のショッピングカート。

どーーーーーーーーん。


最終的にめっちゃでかいショッピングカートが二つ。まるでコストコ。

どかーーーーーーーーん。


なんだ、この羽振りの良さは。でも当然と言っちゃ当然なのかもしれませんね。昨日から仕事を始めたパパス、今や政府の要職の高官ですからね。島国は天気だけじゃなく家庭の経済状況も移ろいやすいようで…。どうやらこのスーパー大人買いが弟のテンションをアゲアゲにしていたようです。

そういえば、買い物の途中で新製品を見つけたんですね。この国は全部輸入やからその時その時で入ってくる品が違います。今回の掘り出し物不二家のカントリーマアム!


ママスにこれめっちゃおいしいねんって話してたら。な、な、なんと。
こっそり買ってくれてました。3,95ドルもするのに!ありがとママス!!


2011年9月29日木曜日

困った時にこそ、真の友達に気付く。

風邪の日にありがちな寝過ぎで寝れないトラップに引っかかった。

困った時にこそ本当の友達を知るとか大切な人を知ると言いますがうちのステイ先がすごいです。帰宅した時は何故か家族は誰もいなかったんですが帰ってきて体調を崩していることを伝えるや否や「そんなときは仕事中でも気にせず電話してきなさい!」とパパス。「仕事でパパが無理な時は私が助けるから!」とママス。目が真剣です。

部屋で横になっていても、私の目が開いているのを見つけると「何かいるもんあるか?」と心配そうに何度もチェックに来てくれます。
そして極めつけ「もう私は寝るけど、もしお腹が減ったらテーブルにパンとランチョンを用意してるからね。それと冷たい水が欲しかったらいつでも起こしなさい、熟睡しててもノックしたらすぐに起きるから。」と今さっきわざわざママスが部屋まで言いに来てくれました。涙がちょちょぎれます。

先日の気分的に落ちている時といい、今回のことといい、困った時に救いがあるというのはほんとに幸せなことですね。恵まれてます。

頭痛も治まったしほぼ回復したような気がしますがこれ以上心配かけれないしかけたくないので明日のために眠くないけど横になっときます。

では、チューク初のiPhoneからの更新でした。

テストでグループ学習。

テストを終わらせてから職員室で悲壮な顔をしていたら先生方に帰れ帰れと言われたのでミーティングをすっぽかして家の布団に転がっています。チュークきて初の風邪らしい風邪です。頭が痛いなんてもんじゃないぞー。タイレノール(痛み止め)を飲んだので効果が出るまでの間に今日の更新を済ませます。

朝から頭は少し痛かったんですが二年生の試験監督をしていたら一時間で驚くほどの進化(悪化)をしました。私の前の時間の試験が実技みたいなのだったんです。宗教の授業の試験だったのでお祈りをする試験でした。クラス全員を一人一人お祈りさせていくんですが、二年生が全員お祈りがおわるまでじっとしていられるわけもなく。がやがやがやがや。しかも一人ずつやっているので30分で全員のお祈りが終わるわけもなく、がやがやしとるうえに時間も押し押しで押してバトンタッチ。子どもはトイレに行きたいというのですが、残念ながらトイレいってたら算数のテスト時間なくなるから許可できず、無理矢理座らせてテストをスタートするとテスト崩壊しました。立つ、しゃべる、遊ぶ…。ここまでの崩壊っぷりは授業でもなかったのになぁ。結局大激怒してでかい声だしたら最後の最後で大人しくなったもののしっぺ返しは私の頭にきました。ずきずきずき。

続いての三年生。
最初に「ワー センメン、ムクレイ アー フォックン メテック、プェ オウセ モチェン オウプェ モソノソン イケナイ!(体調崩していて、頭がいたいなんてもんじゃない、だからお願いやから今日はかしこくしててね!)」と言ってみました。

そしたら、なんと効果バツグン。
ちょっと遊び出すやつがおっても、「シプェ モソノソン ゲニ コータイ!(みんなかしこくするよ、こーだいのために)」とな。涙ちょちょぎれるよ。

ただ三年生、机の配置がテスト中なのにこれは…。



確かにすっごい静かなんですが、こっそり静かに相談しあっていました。いつかチュークでグループ学習ってやつをやりたいと思ってたら、まさかこんな形で実現するとはね。イスの上で問題を解いている子までいましたが、理由を聞いたら特に理由はないとのこと。次からイスに座ってテストは受けようね…と仏の心で許す体調不良の私でした。

タイレノールすごいな、さすが外国の薬。この文章打ち始めた時はあまりの頭痛に冷や汗だらだらでしたが、ものの10分ほどでしょうか?今はぴったり痛みも治まりました。さて、この隙に寝ます。

2011年9月28日水曜日

石けんゴシゴシ。

どうもご機嫌です。

朝、シャワーを浴びていてふと思ったんですよね。ここ一週間ぐらい石けんの泡立ちがすごいなと。もうブクブクに泡立つんですよ、冗談みたいに。ほんで、何かちょっとスクラブっていうんですか?男性用洗顔によく入ってるやつ、あれの感じもするんです。ほんでね、匂いなんかもね何かちょっと違うというか、独特の香りがね。

ほんで、ちょっとストックを調べてみたんです。石けんのね。


ん?あれ?……せっ…けん?
Tideってあれですよね、あの有名なアメリカの洗剤ブランドですよね。
ここでは、頭も身体も石けん一つで洗うんですが、(といってもシャンプーもリンスも買えば売っています)そういえば最近頭皮がちょっとヒリヒリしてたんです。

まぁ何はともあれ全身を洗って気分も爽快です。

学校に行くと突然明日は四半期の試験(まあ日本の中間テストみたいなもん)やからテストの準備よろしくと言われた。確かに予定表には今日って書いてあったけどもなんのテストがありそうな雰囲気もなかったから言われて初めて気づいたのです。いきなりのリクエストにちょっと戸惑ったもののテストはだいぶ前に作っていたから問題はなし。プリンターがおしゃかさまなのは相変わらずですが、コピー機の方のドライバーをダウンロードして自分のパソコンにインストールしたらなんと直接プリントアウトできました。
めでたしめでたし。

まあ自分の機嫌さえよければだいたいの物事はスムーズに進むのです。たぶん、これが昨日やったら上の数行の出来事の全てに苛ついていたことでしょう。

テストが終われば四半期がおしまい。早かったなぁ。ということは、次の四半期が終わったらクリスマスバケーション!
フィリピン!温泉!マッサージ!日本食!インドカレー!

2011年9月27日火曜日

ストレスマネージメント。

昼にネガティブな日記を書いたあと、後押しするかのように立て続けで三件ほど嫌なことが続いた。

滅多に送らない弱気なメールを日本に送ったら、
「きょうははやくねたら水炊き食べる夢をみるらしいよー」と彼女のリプライ。

そうやったー。
地元の友達の考えついた最強の問題解決方法があったんやった。
「美味いもん食って、よく寝て、朝起きたらだいたい全部解決!」
ちょっと美味いもん食うのは難しいけど、順番変えたらええのね。
「よく寝て、夢の中で美味いもん食って、朝起きたら全部解決!」

さらに数分後にもう一通のメールと共に写真が届いた。


こ、これは、日本バージョンの教会塔!福岡空港ですね。仕事してる時、嫌なことがあったらバイクでこの滑走路のまわりを意味もなくぐるぐる走っていたんです。ヘルメットの中を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしてね。懐かしい思い出やなぁ。ちょうど用事があってジャストで空港の近くにいたみたいで写真を撮って送ってきてくれました。
空港でぼけーっと明かりを見てるとですね、ずーっと一日のことを頭が自動的に反省していくんですよ。ちょうどビデオを巻き戻していくみたいに。ほんで、いっつも最後には気づくんです。うまいこといかへん原因が実はめっちゃしょうもない小さいつまずきに端を発していることに。

駄目やぁ、あかんわぁ。って気分の時は何やっても駄目であかんのでしょう。ご機嫌な時には大喜びするようなことで不機嫌な時だとイラっとするんです。嫌なときほど嫌なこと数えちゃうしね。気分一つで世の中違って見えます。ほんで、最初の小さいつまずきが解消できず、ほっといたら気づいたらとんでもなくでっかい処理できひんような負の塊が目の前に立ちはだかるんです。そんなときに出来るのはただ一つ。リセットスイッチを押すんですな。ぽちっと。

捨てる神あれば拾う神あり。世の中上手いこと出来てますな。ここまで書いたところで、台所からママスの呼ぶ声。「コータイ、ご飯やで!」台所に行くと、まさかのターキーテールがありました。超絶あぶらっこいんですが、これは美味いです。まあ流行のB級グルメやと思って食うと最高に美味い。減量中やから炭水化物は抜いてターキーテールだけ食べて満足して部屋に戻るともう一通のメールが届いていた。


こ、これは。今にも始まろうとしている水炊き画像。
あっ!そ、そうか!そういうことか!夢でイメージしやすいようにわざわざ撮ってきてくれたのね…ってそんな訳あるかぁぁぁあ!!!許し難い最後のこのテロ行為ですが、いい具合にリセットスイッチを押してもらえたのでトントンということにしときましょう。

そういえば、さっきご飯食べてる時にママスが「コータイ、今日は一日幸せやったか?」と聞いてきた。家の中でも深刻な顔をしとったんやろうか。まあ、それは家族に素を出せとるってことなんかもしれへんですけどね。そうやって気遣ってくれる人が自分のまわりにいっぱいいるっていうのは幸せっていうことなんでしょうな。

日本におるオカンにしろ、彼女にしろ、友達にしろ。いつも気を遣わせてすんません。もうちょっと大人になります。

もちろん、ママスには「うん、幸せやったで」と返事しましたよ。この返事に嘘はありません。毎日、なんだかんだ言ってそれなりに満たされているのです。時々それは不満の雲に隠れてしまいますけどね。

よし、寝よう。九時やけど。今日はめっちゃ寝ます。ぐっすりと寝て、きっと明日の朝にはにゅるりと脱皮しています。

明日からではなく。

今日も休みをもらっていたんですが、やっぱり自分の授業を人に任せるのが落ち着かないので授業だけしに学校に行って来ましたよっと。


僕は教師です 就職先がなく
なりたくもない教師になりました
やる気の無い私と やる気の無い生徒
一緒に感じるものも何ひとつない

僕が少年でスリ傷を作って
走り回って川に帽子を落としたとき
空気も野菜も水も愛も
あふれて僕と鬼ごっこをしてた

明日からではなく今日から打ち明けてみよう
みんなと一緒に学校を変えたい

【小谷美紗子・明日からではなく】




学校なんかにいて何でもかんでもポジティブにものごとを捉えられる人なんているんでしょうか。時々、振り切ってポジティブやなーって奴をみると反吐が出そうになるんですね。いわゆるネアカ(根明)ってやつですか。まぁ、表に出してないだけなのかもしれませんがね。でも、明らかにポジティブオーラむんむんな人を時々目にするでしょ。悩んでもしゃあない、考えてもしゃあないなんて言いますが、それでもまるっと全て受け入れて進んでいけるほど私には勇気がない。私の思考回路はいつでも後ろ向きです。ただ、じっとしとくのがいやなので、後ろ向きであれなんであれぐんぐん前には歩いていますけどね。まぁ、びびりなんです。すっごく。


学校を変えたい、なんて言うやつはいっぱいいるけど、まぁ、学校なんて肩の力いれて変えるぞ変えてやるぞ!みたいなことをしなくても自然に変わっていくんですけどね。学校みたいな生き物が変わらずにとどまっていることなんてありえません。あ、でもそれは変えるじゃないんですね。変わるなんです。勝手に変わるんです。
ええ国にしよー。みんな楽しいといいよねー。じゃあ学校をええとこにしよー。そういう意識が学校を変えていけばそれはみんなと一緒に学校を変えたって言えるんかな。でも、今は惰性で変わっていってると思うんですね。ずるずると変わっていく学校。ずるずると惰性で変わるってことは易きに流れているといってもいいと思います。だって、惰性で動く時、自然に楽な方にだれでもいっちゃうでしょ。神がかった精神の持ち主でもないかぎりだれでも流れていっちゃいます。川をさかのぼる水なんてありませんから。強い意識を持つためには大きな目標がいるんだろうな。大きな目標がないこの国の教育を見ていて日本の学校を考えると全く持って一緒な気がします。このままずーんと堕ち続けますよ。
変えたい変えたいなんて騒いでてもなんにもならんですよね。どうせ変わった先もろくなもんじゃない。何を見据えて変えたいんだろう。これが一番大事ちゃうかな。


私は勉強そのものが目標になるような学校にしたいのです。勉強は面白い、それを伝えられる先生が子どもに教える学校。TVもゲームも漫画も子どもを誘惑するものが全部勉強にまけちゃうぐらいに勉強が面白いと思える学校。本来勉強なんてそんなもんだと思うんですけどね。なんて小学校卒業して以来、勉強らしい勉強なんてしたことない私がいっても説得力はないか。


落ち込んだとき、考えるのが嫌になったとき、むしゃくしゃするとき、寂しくなったとき。私は教会塔に上ります。学校の校舎から頭一個飛び出した鐘のある教会塔。



下から見ると分かりますが丘の上にあるんです。多分チュークで一番綺麗な教会じゃないかなぁ。


せっせと教会塔を上ると一面に空と海が広がります。


そしたら、色々なもやもやがすーっと海と空に溶け込みます。
綺麗だなぁ、って単純な思考回路だけ頭に残ってややこしい考えは綺麗に洗われます。



そんな長いこと生きてきた訳でもないけど今までに哀しいもんをいっぱい見てきた気がします。哀しいことだらけです。まともにいちいち泣いてたら涙なんてかれてしまいますよ。だから、まあしゃあないから笑っとこかな。泣いてもどうしようもないなら笑っとくほうが少しの水分と塩分が減らへんだけでも得ですからね。

2011年9月26日月曜日

第十三週目。(浮かない気分)


明日から同期隊員が国外逃亡をするようです。そして、昨日から先輩隊員が日本に仕事という名の逃亡をしています。

ずるいっ!ずるいぞっ!

毎晩旅行サイトを見てバーチャルで海外旅行をしまくっているなんて悔しくて誰にもいえません。

さて、第十三週目。
まずは、授業ですが単元が全く進みません。とりあえず教科書がないって致命的だなぁ。日本にいる時はあんまり好きじゃなかったからがっちりと教科書に沿った授業をしていなかったんですが、それでも要所要所は使ってましたもんね。しゃあないからプリントをせっせとこしらえるものの、プリンターもコピー機も故障中。哀しいことに私のプリントさんは画面の中で眠っています。プリンターにしてもコピー機にしても動かんかったらとりあえず叩いたりするからね、そらすぐに壊れますよ。ただでさえ湿度と温度でダメージくらってるというのにもうちょっとメンテナンスというのを考えないといけないですね。とりあえず板書でノートに写させてやろうとするんですが、授業時間が30分もないでしょ。板書を写し終わったらベルが鳴りますからね。ほんで、それがちゃんと形に残ってくれたらまだ少しは報われるのですが、残念ながら翌日にノートに書いたものが残っている確率は50%程です。ノートは一冊で全教科共通なので、他の教科で例えば宿題みたいなのを出してその裏に私の授業の記録があればそれごと消え去るのです。この国では宿題確認の為にノートを破って名前を書いて提出させますからね。そんなしっかりした理由がない場合も、裏に落書きして気にいらんかったらそのままそのページを破りすててしまいます。そして、仮にそんな生存競争に勝ち抜いてノートが残っていたとしても写し間違っていたり、写しているものの本人にも解読不能なレベルの文字の崩れっぷりだったりね。
だから、せめて学習の記録を残そうと教室掲示を作っていこうとおもったんですが、模造紙みたいなサイズの紙が学校にないんですよね。学校にはそんなに金銭的に余裕がなさそうなので予算もおりそうにないし。かといって個人で払うにはこの国はものすごい紙高いし。
なまじ物があるからあかんのかもしれんですね。なーんもなかったらもっと他の方法を探そうとするのかもしれないですけど、なんだかんだで何でもある。ある程度のもんは揃うんですよね。オモチャがあったら子どもが遊びを考えなくなるようなもんですかね。しゃあないから道具に甘えずちょっと身体を張りましょうか。
肝心の授業の方は進んでいるかどうかを別にすると初期の頃に比べたら上手いこと回せるようになってきました。ただ、いわゆるトラブルメーカーたちをコントロールできるようになってきたと同時に、率先して遊んだりする訳ではないものの勉強に意識が向いていない子どもが何人かいるのが分かってきてそれがやたらと気になるようになってきましたが、そんなことに気づけるようになったのも余裕が出てきた証拠でしょう。そこらへんは今後の課題ということにします。

ホームステイについては相変わらず順調。驚くほどにストレスフリーです。第一次食糧危機も乗り切り、パパスは10月1日から仕事をすることが決まりました。「仕事を始めたら週末にびゅーっとグアムまでいって、肉をいっぱい買ってきたるからな。あそこにはこの国で買われへんような肉がいっぱいあるから」と幸せそうなパパス。肉のためにグアムに行くもうほとんどルフィ的な発想ですね。


気分的には最近ずっと落ちているんですが、この国では落ちきることもできません。学校の状況とか国の状況とか、もし日本でこの状況に置かれたら1週間ほどで鬱になりそうですけどここではそこまで落ちることもないです。ものを考え切れないので結局中途半端に落ちます。ほんで這い上がってくることもないです。いっそずぼぼぼぼーんと落ちきってくれたらそっから上がってくるんだけどなぁ。ひたすらにずーんと中途半端に浮かない気分。むむっ、これか!これが「浮かない気分」か。ふといま浮かない気分という言葉を使ってこれほどぴったりする表現はないと気づきました。今、私は浮かない気分です。

2011年9月25日日曜日

そうだ、沖縄へ行こう。(チャンプルー荘)

今日、道をぶらぶら歩いていると向こうから変なオッサンが歩いてきました。オッサンが両手をズボンの前にすっと添えたかと思うと手と手の間からぷらーんとなんか垂れ下がってきました。そのままテクテク歩いてくる訳です。ぷらーんとぶら下がった先っちょからはじょんじょろじょーんと黄金色の水が出てくるではありませんか。近づくにつれ、より鮮明に見えます。うん、間違いない。彼は男性でした。

そんな彼を見て、きったねーーーなぁ!と思った瞬間にですね、ふと頭をよぎった訳です。そういえば似たような話を聞いたことあるなと。沖縄の国際通りをへべれけになって開放感に恍惚としながらおしっこをまき散らかして歩いていた男の話を。あのメインストリートを彼は羞恥心なんてものの欠片も持ち合わせていないかのように出すものを全て出し尽くして歩いていたといいます。まあ、その人はそのことを覚えていなかったので翌日に幼馴染みから教えてもらっただけらしいので真偽の程は定かではないですけど。彼の日頃の紳士的な行動を考慮するとその幼馴染みの戯れ言であると思うし、あって欲しいと思うんですけどね。

そんな彼は、その後ひっそり日本を離れて小さな島で毎日のんびり過ごしているそうです。


沖縄なつかしいなぁ。ちなみにこのブログのタイトルが書いてあるバックの画像は沖縄の座喜味城跡。(ちなみに沖縄では城と書いてグスクと読みます)


沖縄のゲストハウスチャンプルー荘さんにて。いやぁ、あんときはみんな輝いていたなぁ。きらっきらのさぁ、さっくさっくのねぇ。


実はチュークでもチャンプルーTシャツを着ていますよ。オーナーがチャンプルーTシャツを着ている人同士でどこかで出会えばなんかちょっとハッピーっていうなんかよく分からん思想で作ったこのTシャツ。まだ、チュークで着ている人に出会ったことがありません。


チャンプルー荘のオーナーさんは休みを見つけてチュークに来ますとのことですので、ちょっと宣伝しておきました。沖縄に行ったらチャンプルー荘へ1泊基本料金1800円なり。仲良くなったらもうちょっとお得なことがあるかもね。

あの頃は、なんか嫌なことがあったり、考えすぎて頭がオーバーヒートしそうになったりする度に沖縄に行ってましたっけ。もう何回いったか正直分かりません。平均で二ヶ月に一回はいってたかな。来週沖縄いこーっと、ぐらいのゆるさで何度も何度も。行っても特に何かしていた訳じゃないんだけどね。一日は海に潜ってあとは泡盛の海に沈んで。あんときのだらだらした生活がなかったらこのチュークのだらだらチャンネルにここまですぐに適応できひんかったやろなぁ。

というか、あの沖縄での日々がこの国に来ることにつながったといっても言い過ぎじゃないんですけどね。なんなんでしょうね、この日本人が抱いている南の島への憧れのようなものは。沖縄にいって一時すると感じる退屈。あの退屈を感じたくて沖縄に通っていたのですが、ここチュークにも同じような退屈があります。しかし、これを退屈と表現するのは今では何かが違う気がしますね。
明らかにぽっかりと時間があるんですよね。余裕と言うのかな。したほうがいいけど別にしなくてもいいんじゃない。時間に間に合うにこしたことはないけど別にちょっとぐらい遅れてもねぇ。ここで大事にされるのは、この「別に」なんですよね。そんな目くじらたてることないやん。そんぐらいのことで。だって、実際にそれで許されるんですから。それはきっと小さいコミュニティーの中で全員が顔見知りに近い状況であることも多分に影響しているだろうし豊富に食べ物があることも一つの要因でしょう。でも、最大の原因は毎日暑いもんね。小学校なら毎日が夏休みですよ、この気候。ずーっと夏休みが欲しいぐらいの気候で毎日生活してたらそら頭は365連休しちゃいますよ。「別に」の積み重ねが作り出す時間、それに僕は退屈を感じて、それを求めてわざわざ沖縄に通っていたんでしょうね。

さて、今どっぷり浸かってしまったこの時間の海。どう料理したらいいんでしょうね。これはやっぱりこの国の多々ある問題のほとんどに関係していると思いますね。まぁ、それこそ時間がいっぱいあるからだらだら考えたいと思います。

小さい男。

朝からチームザンビアとチャットしていました。

そんなかの一人、訓練所では韓国人と呼ばれていた友人が、ザンビアでは中国人として扱われているらしく憤慨していました。

「自分はほんま小さい男なんですよ。すぐ腹たつんですよ。相手のこともわかるんですよ、でも駄目なんです。腹立つんです。すぐイラッとしてまうんです。」

怒ればいいと思うけどね。そんかし生徒の感情もまるっと受け止めてやればいいんです。腹立ったときに怒るのも先生、そして生徒がイラッとしたときに受け止めるのも先生。ずっとニコニコしている先生とか気持ち悪くて見ていられません。

不満やら不快感は何かを生み出します。不満を解消しようとして人は成長するんだと思うんですけどね。「必要は発明の母」みたいなんと同じですね。

そして、僕はこの国の電気事情と回線にいらいらする訳です。いらいらいらいら。しかし、このいらいらは非生産的だなぁ。私がいらいらしたところでテレコムの職員の働きがよくなる訳もなく、発電所のみんなが頑張り出す訳もなく。

いや、まてよ。
初等教育をちゃんと機能させる→卒業生たちが深くものを考えられるようになる→働くことの意味に気づく→まともに働くようになる→テレコムやら発電所も改善される

はっ!光が!!

ほとんど風が吹いたら桶屋が儲かるレベルの途方もない話ですね。

そして、ザンビアの韓国人か中国人か分からん日本人は最後にこう呟いていました。
「でも、ぼくはこういう悩みみたいなんに悶え続けて二年間を過ごしたいんですよね。」
一種の変態ですね、分かります。

頑張ってください、天使より

2011年9月24日土曜日

原風景。

国外で生活していてふと日本を思う時、私の場合即座に頭に描写される映像は春の桜並木でもなく、京都の伝統的な家屋でも日本庭園でもなく、神社の境内なんかでもなく、ありがちな田園風景でもなく、ただただシンプルに縁側(えんがわ)で昼寝している子どもの姿です。
縁側で昼寝しているのは幼き頃の私。目をつむっても太陽をまぶたごしに感じるんですね。太陽は不思議だね。あればっかりは視覚情報じゃないと私は思うのです。目を閉じていようが太陽がどこにあるかかなり正確に分かる。少なくとも私は目を閉じて太陽を感じてゴロゴロするのが好きな子どもだった。ほんで気づいたらどこからともなくオカンの声がするんですね。ほしたらぼちぼち友達がきて。目を開けなきゃいけない。開けなきゃいけないんだけど、開けた途端に太陽を感じなくなるんです。その瞬間に太陽はただの光に戻ってしまっちゃうのが哀しいね。
太陽はきっと目を閉じて初めて感じるものなんだろうなぁ。裏を返せば目を閉じてさえいればいつでも太陽は感じることが出来る。現に眠りにつくとき私はいつも太陽を感じて眠るのです。まぶたを閉じて、じーっと太陽のことを考えているとまぶたの裏がぽかぽかしてきて、何も見えないけど明るくなるんです。暖かくなるといった方が正確な表現かなぁ。

日本にいるときから何度となくこの風景を頭の中に見てきたけど。こっち来てからは頻繁にこの風景が頭によぎります。

私の原風景、その中で私はいつもぽかぽか気持ちよくて。
いつもぐーすか眠っているのです。


明日は日曜日。
お店の番をするという名目で教会にはいかず日向ぼっこでもしようかな。

チュークで結婚式。

かなりの長さになりました。もうここまで伸びると現地人にも匹敵しています。現地の人は後ろ髪を弁髪ですが、ボクのはてっぺんあたりを伸ばしています。この髪型をしていると「ソレいいなぁ…。」って現地の人に物欲しそうな目をして言われます。冗談みたいですが、ほんまの話。この髪型が認められるどころか賞賛されるチュークです。現地人がてっぺんを伸ばし出す日は近そうです。


散髪を終えて家に帰るとママスがやたらと「ムッティルムッティル(早くしなさい、早くしなさい)」と騒いでいました。どうやら結婚式があるらしく、ボクも参加する予定なようで。慌てて正装(といってもアイランドフォーマル)に着替えて車に乗り込むと案の定現地(式場)で一時間以上待たされるハメになりました。マイクロタイムです。

一時間以上遅れてさっそうと登場したのは見るからにおめでたい車。フーセンがいっぱいくっついていて、ハート型の風船には「I LOVE YOU」とな。


まずは、新婦が出てきて、


それを追いかけるように新郎が。


いやぁ、めでたいめでたい。結婚式を終えてこっちの会場にきたということはつまり披露宴ですね。おめでとうございます。


ケーキが騙し絵のようになっていました。もはやでかすぎてよくわかりません。


日本とあんまかわんないなとか思ってたらそらそうですね。日本も結婚式はだいたいキリスト教ですもんね。ただ大きく違うのは呼んでる人間の数。もう、なにがなんだかわかりません。どっかの大物アーティストが来たライブ会場みたいな感じ。あ、あと違うのは出てくるご飯の量。信じられへん量を渡されます。手で持ったところ軽く5キロ以上はありました。食べずに家に持って帰りましたがね。


ということで暇やと思ったら意外と忙しい土曜日を過ごしたのでした。
これで結婚式もでたし、葬式もでたし、ウミガメも食ったし、ブタも食ったし、あとは犬を食べたら一通りここの特殊な風習(?)をマスターですね。

2011年9月23日金曜日

花の金曜日はどよーんと行きましょう。

明日は土曜日やぁぁ!よっしゃぁぁぁぁぁっっ!!!

みたいなんが無くなりました。チュークに来てからはびっくりするぐらい時間を持てあましております、土日とか本当に気がおかしくなるんじゃないかってぐらい。金曜日は土日の退屈を想像するだけでどよーんとなりますね。どよーん。
日本にいる友達とか他のでっかい国にいってる隊員の日記やらFBやらを見ていたらどよーん。お気に入りのカフェで…。レストランで…。ちょっと遠くへ…。
18平方キロメートルのこの監獄ではリフレッシュする手段がございませぬゆえ。極々自然にどよーんとなりますね。ただ、今となっては無いものねだりはやめましたよ。みなさんの写真をおかずに頑張っております。みなさんのお気に入りのカフェの写真を見ながらインスタントコーヒーを部屋ですすったり、レストランの料理を見ながらご飯の上にツナを乗せて食べたり、みなさまの遠出した写真を見たあと目をつぶってヘッドホンを付けてドライブ気分を味わったりさせていただいております。ありがとうございます。

とりあえず明日はちょっと遠出して散髪屋さんに行くことに決めました。フィリピン人のちっこいオッサンがやってる散髪屋です。まぁ、遠出といっても家から歩いても10分ぐらいかな、車で行っても10分ぐらいですけど自転車だと5分ぐらいです。この道路がぐっちゃぐっちゃのチュークでは移動速度は速いほうから猫>犬>自転車>車=人間の順番です。
ほんで日曜日はもしかしたら名前も知らない人(うちの学校の知らん生徒の保護者)と近くの島にピクニックに行くかもしれません。まだ未定ですけど。朝学校に続く道を歩いていたら高確率で生徒の親がピックアップしてくれるんですが、今日乗せてくれたどこぞのパパが週末何か予定ある?なかったらうちのピクニックに参加しろよ、とな。まぁ行くかどうか分からんけどな!わっはっはーーー、だって。ほんまにこの島は全てが気分次第で動いています。何もかもが雲を掴むような話で、真剣に全部の相手をしていたら疲れるので自分もふわふわと浮いていれば一番ご機嫌で過ごせます。

くそー、文字にするとより切なくなってきたぞ。しかし、この閉塞感。こればっかりは出口のない迷路です。今んところ解決策がなし。まだ歩いたことないエリアを散歩したりしたら何か新しい発見あるかなぁ。危険な場所さえ避ければ日中は治安もそんな悪くないし。あるいは海に逃げるか。海の中に目を向ければこの国は世界で屈指のダイビングスポットやからなぁ。

最近、ここチュークがある意味で全世界で一番過酷な派遣先だと言われている理由が少しずつですが分かってきました。花の金曜日はどよーんと行きましょう。


そういえば、蛇足になりますが派遣先の学校に中国が制作した反日のDVDが届いていました。タイトルは「中国抗日戦争勝利及び世界反ファシズム戦争勝利60周年記念」だってさ。この国は超絶親日国、そして一方で中国のイメージは一般市民レベルでは歯に衣着せぬ言い方をすれば正直「悪い」です。だからDVD送ったぐらいでは中国と日本の立場は入れ替わらんと思うけどなぁ。ただ、もっとお偉いさんレベルでは中国はなかなか上手いこと立ち回っているようで、まぁこの手の話はお金の匂いが何時でもつきまといますね。その点では日本はクリーンで気持ちいいですね。JOCVの皆さんそこらへんは胸張って日本を背負っていきましょ。なかなかぼくらはええ外交活動してまっせ。

おんぶにだっこ。

オカンから電話がありまして、
「お前無駄使いすんなよ!」とな。

母上様。心配ございませぬぞ。この国では無駄使いしたくてもできのうございます。精一杯の無駄使いが一個50セントのココナッツを一日に2個飲むぐらいですね。1ドルの無駄使いです。いわゆる大人買いってやつですな。ココナッツの大人買い。まあ、でも買わなくてもそこらへんの子どもに「ヌー(チューク語でココナッツ)が飲みたいなぁ、俺めっちゃヌーが好きやねん、あぁのど渇いたなぁ…」って捨てられた子犬のような目をしながら言えば木に登って採ってきてくれたりしますけどね。

ほんとに貧乏くさいやつになってきました。カバンの中にラップトップ二台とiPhoneとiPadとカメラ2台(デジイチとコンデジ)を忍ばせているのを差し置けばものすごい貧乏くさいです。特にズボンがやばいですね。もう日本から持ってきたズボンはすり切れて穴が空きまくっています。特に股の部分は大きな穴が空いておりますのでイスなんかに座ろうものなら羞恥プレイが始まりますから、ね。パンツはおろか、ね。そのパンツももう穴があいておりますので、ね。もう全部さらけ出してますから、ね。それでも別に子どもが爆笑したりすることはありません。だって、子どものズボンもたいがい破れてますからむしろその方が自然だったりするのです。
そしたらですよ、時々ステイ先の弟がズボンをもってきてくれるんです。パッと見せて「コレどう思う?」って聞いてくるから、ええやんええやんって答えると。「じゃあ、これはニーチャンのやつね」って。という訳で既に2枚もハンチュポン(チューク語で半ズボンをこう言う)をもらっています。もう、日本から持ってきたやつはすり切れまくってさすがにはけないやつばっかりなのでほぼステイ先の家族にもらったズボンで生活しています。これがまたええやつなんですよ。なんかNBAのやつとかNIKEのやつとかくれるんです。ハイクオリティなやつをね。これもシェア文化の一つなのでしょうか。

毎日がおんぶにだっこです。もうここでこの家族なしの生活は考えられないですね。

これ、逆の立場やったらこんなんできるかなぁってたまに考えるんですよね。自分が日本に家族を築いていて外人がホームステイにくる訳ですよ。それって完全に異質な存在じゃないですか。だから自分が逆の立場やとどっかでは線を引いてしまうような気がするんですよね。自分の子どもとどこぞの国から来た子どもを同じ扱いできますか?しかもどこぞの子どもはもはや27才のでかい子ども。子どもと呼べるのかも怪しいです。でも、ここで生活していてのけ者にされたと感じたことは一度もないです。むしろ実の息子とぴったし同等の扱いを受けていると思います。これは心から凄いなと思うし、感謝してもし尽くせないところですね。

では、ちょっとのど渇いたのでヌー飲んできます。今日も一日がんばりましょ。

2011年9月22日木曜日

褒め方。(新卒の教師隊員にオススメ!)

無責任シリーズ第二弾。

叱るより褒める方が個人的には難しいと思います。褒めるっていっても基準がいろいろありますよね、何かうまいこと行ったときに「いいねー出来たねー上手だねー!」と言ってやる、それも褒めることの一つです。もちろんこういう褒めるは必要やと思うし、むしろ日常的に口から自然に出てくるぐらいまで褒めてやりましょう。ただ、今回取り上げたいのはそういった日常的な褒め方ではなく、より狙いを定めた褒め方ですね。

ずばりですね、ネガティブなポイントを拾い上げて褒めてやることです。うまくいったときに褒めてもらえるのは当たり前なんです、そしてそれは仮に自分が褒めなかったとしても他の誰かが褒めます。そして、だいたい褒められることなんてもともと得意な分野だったりします。つまり、もともとプラスなところにプラスを足しているんです。ただ、みんながみんないつでも上手いこといく訳じゃないし、中にはうまいこと行くことなんてない子もいます。誰しも自信ないなぁってことなんていっぱいあるでしょ。そんなときにそのまさに自分が駄目だなって思ってるポイントを拾ってもらってさらに、褒めてもらえたらどうでしょう。一気に誰かの言葉かけ一つでマイナスからプラスに持って行ってもらえるんですよ。ネガティブなポイントを埋める為に自分でせっせ頑張ろうとしたらまずそれをゼロにしてその後やっとプラスが始まるんです。ただでさえタッチしたくないネガティブな部分にこれじゃあ取りかかる気にもなりません。だから、あえてネガティブな部分を直接褒めてやればいいんです。

上手くいってないときっていうのはほとんどの子が自分を俯瞰できなくなっている瞬間です。自分がなんでうまくいっていないのか、どうしたらいいのか、そもそも自分は何をしなければいけないのか。あがけばあがくほど混乱します。そんなときに自分のことを判断できると思いますか。私は思いません。だからこそ、ここに褒めるポイントなんていくらでも転がってると思いませんか。だって、その人は自分が見えていないんだから。


前回はうちの学校の例で一方的に書いてしまったけれど、こんなのはケースバイケースだと思うので、今回はちょっと体験してもらうパターンでいきましょう。
ほとんどの隊員がきっと感じているはずですよね。「私は何をしにきたんやろ?」「こんなんしてていいんやろか?」「授業も授業らしい授業になってないし…。」これがまさに自分のネガティブなポイントってやつです。

そこに、あなたの上司やらカウンターパートやらが来るんです。
「○○(あなたの名前を入れて読んでください)!君が来てくれて本当によかったよ!君は悩んでるみたいだがよくやってくれていると思うよ!悩んでいるっていうことは真剣にこの学校のことや、この国のことを考えてくれているということなんだろ。今ちょっと授業が上手くいかないことぐらい心配するなよ、数ヶ月もすれば子どもたちも君の熱意に答えてくれるよ!少なくとも私は君を評価しているし感謝している。ありがとう!これからもよろしく!」

さて、どうでしょう。もし上の言葉を明日職場にいってかけてもらえたら有頂天になると思いませんか。これが、マイナスからプラスに一気に飛ぶってやつです。そのために必要なことは相手が何にストレスを感じているかを読み取らなければいけません。何が原因でネガティブな気分になっているのか。苦手意識を感じているのか。そして、まずその部分を肯定してやるんです。これは直接的にずばりと言っちゃいましょう。つまり、「君が来てくれてよかった」「よくやってくれている」「授業もちゃんと出来るようになる」っていう三点ですね。これは上の仮説であげた感じているであろうストレスと一対一対応です。ただ、それを根拠なしに褒められても納得いきませんよね。「気慰めはやめてくれ」って気分になります。だから、自分が見て取れるレベルでの具体的な評価を下してやるんです。「君が悩んでいるのは君が必死になっていることの裏返し」っていう部分ですね。これなんかは就職とかの面接と大してかわらんもんです。抱えている問題の裏にある利点を適当に即興で文章にしてやればいいんです。ほんで、自分という一個人からの評価も付け加えるとなおいいんちゃうかな。これがないと、すべてが他人行儀になってしまって弱いですよね。「少なくとも私は君を評価している」のくだりね。この一つで少なくとも、相手に逃げ場をつくってやることが出来るわけです。この先もし相手がうまくいかんかっても、あのときああ言ってくれた人がいる。そしてあの人は認めてくれている。っていうね。これで漠然とした褒め言葉に突然具体的な人の顔が見えてきます。

まぁ、ここまで勢いで適当に思いつきで書いただけやけど一応まとめとこ。

褒めるためのポイント
日頃からよく子どものコンディションをチェックしておく(一番大事)
なんか調子が悪そうな時こそが褒めどき
褒める時は相手を救ってあげる言葉をかけてあげよう
そして、より具体的にして
自分という一個人からの評価もくだそう


まぁ、褒められて嫌な気分する人はいません。どんどん褒めましょう。
ただ、ちやほや甘やかすのと褒めるのは全くの別物ですのでご注意を。

甘やかしたら私のようなケジメのないやつが育ちます。

さあ、寝よう。今日も寝よう。

昨日、そういえば書きませんでしたが学校さぼりついでに他の隊員の活動を冷やかしにいってきたんです。サラメンチューク高校へ。サラメンはチューク語で「光」って意味、つまり「生徒諸君よ、チュークの光なれ!」ってことですな。かっこいい校名ではありますがなかなか苦労も多いようで。とりあえず生徒がでかいでかい。日頃小学校で二年生とか三年生ばっかり相手してるから久々に大量の高校生を目にすると巨人のようでこわいこわい。


いやぁ、いい刺激になりますね。正統派な隊員は一味違います。まとまったプリントもばっちり用意してるし、宿題もちゃんとその日の授業の復習になってるし。

どこぞの船の上で寝るのが趣味の小学校隊員とは違いますね。


刺激を受けた小学校隊員はその日のうちに家でプリントを作っていたらしいんですね。最近は電気事情がいいので学校で高確率でプリンターが使えるのです。ほんで、学校にいって印刷しようと思ったらインクが切れていたようです。二週間前からそろそろインク切れるよってゆうてたのにね。まあまあ、仕方ないからその隊員さんは手書きでせせっとプリントを作りましてコピー機にかけようとしたんです。そしたら、なんと今度は紙が切れていたようです。もうこれはどうしようもなく、その隊員は全生徒分の手書きをするわけにもいかないので、今日もノリとテンションで乗り切ったそうです。

かわいそうな隊員さん。すねてしまって今日も授業が終わった後はまたまた学校のイスで腹ばいになってすやすやと眠っていたみたい。

めでたしめでたし。


おまけの一枚。
スナックバーのお弁当とローカルストアで見つけたさんまの蒲焼き、それにパパスがこの前買ってくれたふりかけです。お弁当はソーセージとフライドチキンが入ってて1ドルです。


2011年9月21日水曜日

シゲコは日本人ですか?

先輩にさようならを言いに街に下りついでにスーパーに行って大量に卵やらお野菜やら調味料を買い込んで帰りました。



そんで今夜はハヤシライスを作って振る舞いましたよ。「ニイチャン、アンヌーーー!(うまーーーい!)サンキューーーー!」と、弟が大興奮で可愛すぎます。

時間はもどりまして、買い物終わってパパスに迎えに来てもらった帰り道、缶詰を買うために寄った別のお店でオバチャンに会ったんです。まあほとんどオバアチャンかな。
突然、チューク語で「どこから来たの?」と問われたので、メッチティウに住んでる日本人だと言うと、「私はシゲコです。」とチューク語で答えてくるオバアチャン。「日本のどこからきたんや?」と聞かれたので「神戸の隣や。」って言うと「私は静岡からです。」とかなんとかゆうてるわけですよ。
このチュークには名字にしろ名前にしろ日本人名がいっぱいあります。ナカヤマさんやら、ハシグチさんやら、モリさんやら、カネモトさんやら。名字は日本の統治時代がありますので歴史的な理由からすんなり分かるのですが、名前は不思議でしょ。まあ、種明かしをすると超絶親日国なので親が日本人名を喜んで付けているだけなのです。タケルとかすっごい日本人名から、モモタロウとかキンタロウなんて冗談みたいな名前までいますからね。だから、そんなチュークで「シゲコ」なんて聞いても何も不思議に思わないんですね。それに、「静岡からです」なんて言われても、よく自分の知ってる県の名前を言って、そこに旅行で行っただけでも、日本に住んでいたというチューク人ですので何の疑問にも思いません。終始チューク語で会話をしてバイバイまでチューク語。ほんで、車に乗り込んだ途端にパパスが「シゲコと話したか?ペラペラやったやろ日本語!」ってさ。

ん?一言も日本語なんかしゃべってくれへんかったけど、と思っていると。

「シゲコは日本人やで、チュークに一番長く住んどる。」とな。

あへ?!

うほほほほほほ。
日本人同士やのに、チューク語でわざわざ会話をしていたというね。これはシゲコに一杯食わされましたね。あのバーチャンはなかなかの策士です。

日本は大変なようで。

日本は台風の上陸で水浸しと聞きました。まぁ、大雨が降れば水浸しになるのは自然の摂理ですからね。ここ、チュークは晴れていても水浸しです。ひたひた。

左に見えますはオープンダンプサイト、勝手に住人が作ったゴミ捨て場。右に見えますは池ではないですよ、道です。


これは、水陸両用車両!ではなく、普通のセダン。走っているのは川でも湖でもなく、道路です。この国でセダンに乗ると床下浸水は当たり前です。


打ち寄せる波の音に〜♪慌てて靴を脱ぎ捨て〜♪
そうです、これは海岸。海が汚いですね!な訳が無くこれも道路。チュークでは道路にも波があります。車が通る度にざばーんざばーん。道行く人は足がどろどろになります。


道がこういう風に遮断されてても、ずぼずぼ歩いていかねばなりません。これら四枚の写真。全て空を見てくださいね。晴れです。いい日差しですよ、ほんと。つまり絶好のコンディションでこの状況です。


電気にしても、日本だと災害で停電になったら大慌てしますが、こちらは365日の年中無休で計画停電という名の無計画停電。

だから日本はどうじゃこうじゃとかね、わざわざ教訓めいたことを書きたいわけではないです。ただ、これが一つの現実です。日本を離れてから目にするのはただ自分の前に横たわった事実だけです。
こんなとこもあるんだなーって思ってても、知ってても、生活するのとは違う。旅行でチュークにきてダイビングして、離島めぐりなんかしちゃってひゃっほーいと帰って行く観光客からしたらこんな道なんて三日もしたら忘れちゃいますよ。結局これらも非現実的な存在でありいわばアトラクションみたいなもんです。
それでいいような気もします。でも駄目なような気もします。かといって何も出来ないような気もします。ところが考えていることそのものがすごく大切なんだと思います。三ヶ月もすると何も感じなくなってきます。この国の何をみても自然になってきちゃって、それはある意味いいことなのかもしれないけれど、考えなくなってきた証拠かもしれません。

でもこいつらが損する国にはなってほしくないなぁ。


考えなくなっちゃったらおしまいだと思うのです。


考えなくなるということは何かを諦めたことなんじゃないですかね。
そして、大人が諦めちゃった国に子どもは夢なんて描けませんからね。


勉強できなくてもいいと思うけどね、彼らには考え続ける人になってほしいですね。

はてはて、日本は大変なようで。

2011年9月20日火曜日

さよならだけが人生だ。

明日は学校を休むことにしました。校長先生のところにいって、「ちょっと明日休みもらいたいんやけど」と言うとおどろくほどすんなり許可してもらえました。理由は、明日が先輩隊員の帰国日やからです。正確には首都に活動報告をしてから日本に発つんですけどまあややこしいからその話はやめとこ。

チュークに一番馴染んでいた先輩で、現地人と恋をしようとせっせと二年間頑張っていた唯一の隊員。残念ながらチューク人を連れて帰るには至らなかったようですが、いろんな伝説を残していってくれました。協力隊は一年間に四回派遣のタイミングがあり、それぞれバラバラの隊次で派遣されています。それはつまり任地にいる隊員からすれば一年に四回お別れのタイミングがあるということで、やっぱり三ヶ月とはいえいろんな活動を共有した仲間との別れは寂しいもんですね。

日本に帰りたい思いとは裏腹に一年と九ヶ月したら自分も帰るのか、なんて思うとやっぱり寂しいもんです。

花に嵐のたとえもあるぞ
さよならだけが人生だ

この詩を高校で生徒に教えたのももはや五年前。
自分の教え子は元気にしてるかなぁ。

赴任して三ヶ月だというのに、既に自分の後任の要請を希望するかどうかを決めないといけないということで今日は明日の休みをもらうついでに校長にその話をしました。まあいろいろ手続きやらなんやらで時間がかかるのは分かるけどさすがに早すぎますよね。
結果から言うと要請希望を出すことを決定しました。まぁ、希望なので通るかどうかは知りませんがね。校長はこんな早い時期に自分が帰った後の話をしたので本当にびっくりしていました。しかし、お世辞であれなんであれ「いい活動してくれてるよ、次もコータイみたいなんをよろしく!」と言ってもらえただけで有頂天になれる自分はなんとも単純ですね。自分たちの活動の最大の目的は現地に必要とされることだと私は思っています。ともすれば何のためにおるのか分からんくなりがちな協力隊ですが、もうお前みたいなんいらんって思われたらおしまいやと思うんですよね。大げさかもしれませんが協力隊としての最大の意義を失っていると思います。

さよならだけが人生だ

さよならさよならさよなら。さよならばっかりです。
でも、どうせ無限に続くさよならであるならば、一つ一つのさよならを金輪際合わないぞっていうさよならではなく、いい出会いやった!またどこかで!今は別れるしかない「左様ならば」別れよう!と、潔くも名残惜しい次に続く「さようなら」にしていきたいと思うのです。

画伯と私の肖像。

うちのクラスの子が休み時間に絵を描いていました。
どでーん。どでどでどーーーん。


「可愛いねぇ、誰なの?」と聞くと澄んだ瞳で「ティーチャーコータイ」とな!
ら、らめぇ。かわいすぎる。

画伯と私の肖像画

部屋の壁に貼っとくね、って言うと大喜びしていました。この子は授業中いっつも必死で助けてくれます。うるさいときは「しずかに!」って言ってくれるし、言葉が出てこない時は必死でくみ取ろうとしてくれます。そして何よりも算数がすごく苦手なのに何度も発表してくれます。間違えても間違えてもえへへへぇって笑ってまた違う数を大きな声でめげずに言ってくれるんですよ。みんなが算数が出来るようになるようにもっと分かりやすく説明がんばるからね。

それはそうと、チュークの子どもは絵を描く能力に関しては早熟なんです。この子の絵は日本の二年生の絵と変わらん感じやからそんなに説得力ないですけど。時々、小学二年生が描いたとは思えないような写実的な絵を描く子がいます。鳥の絵とかね、ほんまにびっくりしますよ。動き出しそうな絵を描く子とかもいますから。情操教育がまだそんなに重視されていない国なんで歌は学校の行事で歌うことがあるから練習するんですが、絵は今のところ残念ながら遊び以外の何物でもないです。つまり、まだまだ才能を眠らせている子どもがいっぱいいるということですね。出来たらこの子たちの絵やとか歌やとかの才能にも光をあててやりたいなと思うところです。

それにしても可愛すぎる。メガネを描いてくれなかったこととかどうでもいいぐらい可愛いですね。まぁ、許し難いですが。

金は天下の回り物。

日本は三連休だったようですね。そして三日仕事したら秋分の日でまた三連休ですか。ずるいっずるいぞ日本!
日本の気温を調べると軒並み20度前後でした。ぼちぼち半袖着てる人も少なくなってきたんだろうなぁ。ここチュークには日本みたいな猛暑日はないものの、ずっと27度ぐらいの真夏日です。日本とチュークはそんなに離れてないし時差もたいしたことないので日本が夏でこちらも夏な時はたいして感じなかったのですが、気候の変動とともに少し距離を感じます。心なしか寂しく感じますね。

昨晩、パパスがバスの値段を調べてくれと部屋に来ました。チュークにバス(タクシー)を走らそうと考えているようです。確かにチュークには流しのタクシーはちょこちょこ走っているもののうちの家の方面に走るのは少ないのでもしそれを走らすとなるとこのへんの移動手段はかなり便利になります。
日本の中古車情報サイトで調べるととんでもなく高いのばかりでてきたんですが、パパスが教えてくれた海外向けの日本車の輸入用のサイトで調べると42席あるバスで9000ドル(70万円ぐらい)。安っ!まぁ円高の影響でドルを円に換算するとより安く感じるだけなのかもしれませんがね。まぁ、この価格やったら元とれそうやし、ええんちゃうかな。

基本的には何もないチュークですので金を生むチャンスはそこら中に転がっています。失業率8割、就業率2割という状況なので労働力もありますからね。この国やから出来る仕事、この国やから興せる産業みたいなんがなんかないかなぁ。というか、ちょっと考えただけでも大量にあるんやけどね。まとまった金持ってる人がちょっと私欲に使わずにもうすこし広い視野でものを考えてくれたらええと思うんやけどなぁ。一次的に金を使う、ばらまくんじゃなくて二次的に物を生み出すために金を使えるようになったら大きく変わると思うんですね。雨のように降ってくるお金で生活をしていると金がよどんできます。ぼちぼちと、ほんまの意味でアメリカから独立せなあかんと思うのです。

金は天下の回り物。回してなかったら気づいたら消えてしまいます。大きくぐるぐる回したったらええんです。ぐるーんとね。

2011年9月19日月曜日

ワイオー、ワッカイオー!

今、三年生にせっせと時計の読み方を教えています。
そしたら、三年の先生に今日の授業終わった後で「コータイの時計10分遅れてるよ!」って言われました。違う!違うんです、ずれてるのは学校の時計なんです。

学校の時計は10分すすんでいます。そして、テレコムというまあ日本のNTTみたいなとこの時計は5分ほどすすんでいます。そして教室の時計は15分すすんでいます。電気が付いたり消えたりするのはだいたい10分早いので、きっと発電所の電気も10分すすんでいるんでしょう。まあ、全体的に平均値をとると綺麗に10分ぐらいずれてるんですね。そしてその時々で使う時計が違います。仕事の終わりの時間は一番すすんでいる時計を使うし、始まりは一番遅れている時計を使うといった具合。いろんな時計を都合良く組み合わせて使うのです。ミクロタイムというのがありまして、沖縄のうちなータイムみたいなもんで全てがゆったり動いています。時間に関してあまり厳しくないのは南国文化ですね。
いっそ学校の時計に自分の時計を合わせてしまうか迷っています。時計を合わせて学校がそれに従ってぴったり動いているならそれでなんの問題もないんですけどそういう訳でもないから意味ないか…。特に三年生のクラスはもともとが20分しかないので、この時計の時間が全部違うおかげで時々10分以下で授業が終わってしまうのです。学校以外のプライベートな用事とかは30分や場合によっては1時間以上待たされようと気にしないんですが、授業はちょっと話が別です。早急になんとか考えなあかん問題の一つですね。

それはそうと、うちの貧窮した状況をレポートしていたら今ハワイに出かけているオバチャンが心配したのでしょうかメッセージを送ってきてくれました。写真左がそう。右はハワイに住んでる兄弟です。


「HEY KODAI! BAKA! WAIT FOR ME! I FEED YOU MORE SAUSAGE!(アホコウタイ!私を待っとけ!もっと餌をやるから!)」とな。

歌って踊っていつも陽気なオバチャン。言葉は汚いけどいつもよく面倒みてくれます。はよ帰ってこんかいなぁ。

Ua posituk! Waiooooooo!
Kose mochen, kopwe mutir niwinto chuuk!

水でも飲んどけ!

仕事を終えて、家族と一緒に街に行きました。

車の中で、パパスがぼそり。
「ジュース買いたいなぁ」

それを聞いたママスがいままで聞いたことないような怖い声でパパスを叱りました。
「お金ないでしょ!!水でも飲んどけ!」

母は強し、ひるんですぐに訂正しました。
「そうやな、水飲もう。水。水が一番やな、わしには。水や、水。」
あかん、涙ぐましすぎる。

そして、お母さんは続けて
「ごめんね、今日は洗濯できなかったの。本当にごめんねコータイ。リトリートに行ってたから洗濯物いっぱいなのにね。朝から電気代の残りが1ドルもなかったから洗濯機が回せなかったの。でも、さっき40ドル分買えたから明日は大丈夫だからね。明日は絶対に洗濯機回せるから。」

40ドル?!
かなりの大金です。そして、街に来た理由も缶詰を買いにきたんですよね。しかもけっこうな量を買っています。聞くとグアムに住んでいるパパの妹からお金もらったようです。チュークでは金がなかったら金持っている親戚に頼んで金をもらうことはごくごく自然なことです。ただ、自分の家族はどっちかというと金を配ってる方だと今の今までおもっていたのでなんだか衝撃的でした。

たかが金、されど金。
今回の件でうちの経済状況が分かってよかったです。まただれがうちの家の大蔵省なのかもね。ママスはその辺しっかりしてるんですけど、パパスの財布に穴があいているのでなかなか家計のやりくりが難しいみたい。金の管理はチュークでも女の人の方が得意みたいですね。
とりあえず、いくらもらったのかはしらんけど一時は親戚にたかった金でやりくりできるので心配いらなそうです。

第十二週目。(ステイ先の経済状況)

もうすぐ三ヶ月。一年の四分の一、つまりは活動期間の八分の一が終わった。活動期間は731日で今日がちょうどぴったり90日目。もう活動期間の残り日数を数えてる時点で若干終わってる隊員です。ただこの三ヶ月はそんなに時間の長さを感じなかったので一年を過ぎちゃえば下り坂やし二年ぐらいはすぐに過ぎてしまいそうですね。日本に帰り隊員。

この国でよく使われる褒め言葉は「エン ナンバ エウ!」です。直訳で「ユー アー ナンバーワン!」「お前が一番や!」ってとこですな。よく言われるからちょっと調子にのっていたんですが、先生が子どもに対して日常的に使う言葉のでそんなに大した意味がないことが分かってしょんぼりです。まあ、「やるやん!」程度の褒め言葉のようです。

リトリートから帰ると携帯を使ってネット(つまり、フェイスブック)やらメールが出来るぞとパパスが大喜びしていました。料金死ぬほど高いやろ?と心配する私をよそ目に、「1分でたったの1セントらしいぞ」ともう盛り上がってしまって聞く耳をもたず。そのサービスがあるのは知っていたんですが、私の調べる限りでは1メガバイトで10セントの従量制なんですよ。「チュークの大学生はもう携帯でフェイスブックをするのが当たり前らしい!」と盛り上がるパパス。まぁ、パパスの場合は一応アカウントは作ったもののフェイスブックが何なのかをまだよく分かってない状況なんですけども。
とりあえず、この国に来てからフェイスブックが嫌いになりました。便利やから今でも利用はさせてもらっていますが、フェイスブックはインターネットの一つの可能性であって、フェイスブックだけのためにネットをつないでいる状況は明らかにおかしなことだと思うんですよね。職員室でも、仕事しろよと。ただでさえ限られた時間なんやから電気ある間に授業準備をもうちょっとしろよと。電気とネット回線はフェイスブックをするために学校にある訳じゃないんやぞと。

ネット回線の話でもう一つ。パパスに「ネットの使用をちょっと控えてくれへんか?電気代がすごい速度で無くなっている。」と言われた。この国では電気代はプリペイド式。つまり、残り金額が無くなる前に電気代払うとこにいって番号もらって打ち込むシステムです。「この前まで二週間に一回のペースで補充が間に合っていた電気代が今は二週間持たないんだ」と。今までのチュークは、一日8時間以下しか電気がきていなかったんです。長くても10時間。ただ、ここ最近は何故か調子がよく一日16時間とか電気が来ています。私の電気の使用状況は特に変わっていないし、モデムの消費電力とかたかがしれているので、純粋に電気が来ている時間が長いので当然電気の減りが早いだけやと考えるのが自然やと思うけどなぁ。なにより、私は日中は仕事で学校に行っているので、日中に電気が来ていることはあまり関係ありません。電気があれば電気コンロを使えるし、冷蔵庫も動くから飲み物も冷やせます。電気がなければカセットコンロを使うからガス代がかかるし、冷蔵庫が動かないと氷を一袋2.5ドルも出して買ってこないといけないんです。夜も電気が付けばランプのオイルもいらないし。電気が無くなっている分は他のところで金がまわっているはずなんですが、そこらへんの計算はすごく苦手なんですね。だから、手元にあるお金(つまり電気があることによる恩恵、副作用)は儲けもんとばかりに既に他のもの(コーラとか)に換えてしまっているので電気が買えないのです。本来ならそれで電気代を補えばいい訳なんですが。

そして、倉庫にある食べ物も底をついていました。多い時はコンビーフにランチョンミート(スパムの安いやつ)、ツナ缶、イワシ缶、調味料、パンやらラーメンやらとそれはそれは沢山の種類がずらりと並んでいるんですが昨日の夜なんてチェックすると、ソーセージの缶詰が一つあるだけでした。また、このソーセージの缶詰がとんでもなくおいしくないんです。他の缶詰はそのままでも食えるんですが、このソーセージの缶詰だけは苦手。塩水でふやけさせてぶにょぶにょにしたソーセージと言えばあの味と食感を一番表現できていると思います。これ晩ご飯はこれやろうかと考えていたらママスがさらっと、「ごめんね、もうソーセージの缶詰が一個残ってるだけだから、それでご飯を食べといて、まだご飯食べてないの私とコータイだけだから」といって教会にいってしまいました。予想を裏切らないですね。ご飯とソーセージ。ここでは日本で料理する時みたいに冷蔵庫をあけたらなんだかんだで何かあってそれを見ながらその日の料理を考えるみたいなのがまったく出来ません。ご飯とソーセージと言われれば本当にご飯とソーセージのみで料理しないといけないんです。タマネギ一つもないし、キャベツなんてのもないんです。思いつく料理なんてありません。そもそも、こっちの人はご飯とソーセージがあれば、缶詰を開けてそのままご飯の上にぶっかけて食べますから料理なんてしませんからね。もういいや現地スタイルでいこっと諦めかけたその時、カレーパウダーを食卓で発見しました。ガーリックパウダーと混ぜてカレーチャーハンをちょちょっとね。帰ってきたママスはまさか自分の分があるとおもってなかった(そもそも料理してると思ってなかった)みたいで大興奮してがつがつ食べていました。「ありがとうね、コータイ。私は幸せだわ。」と大げさな程のリアクションで喜んで食べてくれるママス。まあソーセージつまみながらご飯食べようとおもっとったのがカレーチャーハンに変身してたんだから幸せか。そして不意に「お金があったらコータイのママにチュークのドレス(ムームーみたいなの)を買って送ってあげたいんやけど」ってさみしそうな顔でぼそっと呟いてました。

今朝は、お弁当がありませんでした。毎日せっせとお弁当を作ってくれていたんですが。昨日ソーセージも使っちゃったし、おかずがなかったんでしょう。あえて何も聞きませんでしたが、とてもすまなそうな顔をしているママスを見ていると朝からさみしい気分になりました。

ステイ先の経済状況が緊迫しています。困ったなぁ。弟の学費が高いし、ジェネレーターの故障で数百ドル飛んだし(結局まだ直ってない)、トイレも修理したし、さらには車のタイヤもパンクしてしまったのでそのお金も貯めないといけません。そもそも、お父さんはもう退職してるし(また働くかもけど)年金生活してる家だから金がないのは当たり前なんですけどね。自分が金をぽんと出せば簡単に解決するんだけど、それはお互いによくないと思うんですよね。今でも時々食べ物を買ってきたり日曜品を買ってきたりはしていますが、それ以上のことを自分がしてしまうのは間違いなくバランスを崩してしまうと思います。そもそも、うちの家はそういうのを望んでないと思うんですね。ただ、ホームステイっていうのはもう居候とかそんなんじゃなく、実質家族になっている訳で、自分も何か手伝いたいなとは思うんですけどね。金を直接渡すんじゃなく、それでも家計を助けるってもう食べもん買っていくしかないか。あとは、自分で調達して料理をするか。どっちにしても食べ物か。ホームステイは本当に難しい。よし、今日は帰りに卵とタマネギかって帰ろう。

まとまりのない文章ですんません。ちょっと混乱しています。

2011年9月18日日曜日

リトリート。

金曜日の夜からの二日間、屋根はあるもののほぼ野外で寝ていました。写真の奥に見える天下一武道会場みたいなのが寝床。分かりにくい写真しかなくてすんません。とりあえず、犬が普通に中も外も関係なく歩きまくっていました。


布団もないんだろうなと思っていたので布団を分けてもらえただけで十分満足。せっせと寝床を作ります。完成。実際に半分以上の先生は床にそのまま寝ていました。


ベレム島は一台も車がないのでものすごく綺麗。人がぎりぎり歩けるだけの道が浜沿いにずーっと続いています。


散歩に疲れて教会の前の港にさしかかったとき、ちょうど日が沈みました。港というか、ただの船着き場なんですけどもね。徐々に金色から真っ赤に染まる島と海。これは心が洗われますね。


なんて思っていると、急にトイレに行きたくなりました。離島ではその土地の人は海の中で用を足します。日本のような汚い海を想像するなかれ、離島の海はプールより透明な水ですからね。でも、日が沈んでしまったし海はそろそろ怖いなぁなんて思いながら、ダメ元で同僚に聞くとトイレはあるとのこと。指さされるままに外にぽつんと立っているバラック小屋を開けると中にはドッポントイレがありました。おぉ、懐かしい。ドッポンでも水洗でも便座があるなら文句ないや、やったーと思って、便座を開けておしっこを出した瞬間に叫んでしまいました。

うぉぉおぉっぉぉぉおぉ!
おしっこの軌道を目でおっかけてびっくり。人生で最大数のゴキブリを見ました。便座の裏からうんこの落ちる穴に至るまでびっしりとゴキブリで真っ黒になっていました。逃げようと思ったのですが、すでにおしっこは出始めています。びびったらおしっこが止まるなんてあんなの嘘ですよ。出始めならまだしも我慢してたおしっこは出始めてしまえばびびろうが何をしようが止まりません。

じょじょじょじょじょー。
ゴキブリさんに直撃しているんですが、どうしたことでしょう。微動だにしないんです。こ、これは。おしっこ耐性がついているんですね。もうそれはそれは真夏の海水浴帰りに浴びるシャワーのごとく、ゴッキーたちは気持ちよさそうにおしっこをかぶっています。

あかん、これは無理や。うんこは絶対できん。出そうとした時に、自分のおしりを虫が這い回るんとかホラー漫画の世界や。よし、次からもう海でしよう!海は綺麗で大きいぞ!最高のウォッシュレットや!なんて心に誓いながら出てくると、外で同僚が一人心配そうに待ってくれていました。そうです、悲鳴を聞きつけてきてくれたのです。たいしたことはない、ゴキブリにびびっただけやと言うと同僚は爆笑し、次から神父さんが使う用のトイレが二階にあるから特別にそっち使っていいよ、とな。

ごめんなさい。私はほんとにへたれです。この二日間、ずっと神父さんのトイレをつかっていたことを素直に認めます。悔しくもなんともないです、アレばかりは無理。

リトリートですが、まあイメージとしては職員研修みたいなもんでした。最大の誤算は子どもも来るとおもっていたのに教員だけでした。その島に住んでいる生徒はのぞきにきていましたけどね。
上の天下一武道会場みたいなところが、寝床であり研修会場なのでケジメもへったくれもありませんでした。ゴロゴロしながら神父さんの講義を聞いている先生たち。どこが始まりでどこが終わりなのかもちょっと分かりません。以下思い出しながら記録してみたタイムスケジュール。やばいです、もう完全に寝ることと食うこと以外していません。基本的に先生たちは座位をとっていませんでした。ゴロゴロ研修。

金曜日
午後
四時  ウエノ島の港より小舟で出発
四時半 バレム島到着 積み荷を下ろす
五時  散歩スタート
六時  日が沈む 飯食う
七時  神父さんの講義みたいなの
八時  先生たちはほとんどスヤスヤタイム
九時  真似して寝ようとしたら校長にまだ寝る時間じゃないと怒られる
十時  みんなで歌を歌う 校長にマッサージ
十一時 何か食え食えと言われるが断る
十二時 寝る

土曜日
午前
三時半 起こされて桟橋へ
四時  桟橋で真っ暗な中みんなで歌を歌いその後瞑想
五時  寝る
六時  起こされる
七時  ミサ
八時  寝る
九時  神父さんの講義みたいなの
十時  寝る
十一時 海水浴
十二時 食う 寝る
午後
一時  寝る
三時  神父さんの講義みたいなの
四時  寝る
六時  食う 寝る
七時  みんなで歌を歌う
八時  寝る
九時  校長にマッサージ 寝る
十時  起こされて歌を教え込まれる
十一時 寝る

日曜日
午前
六時  起こされる 食う
七時  ミサ
八時  神父さんの講義みたいなの
九時  寝る
十時  散歩
十一時 寝る
十二時 食う 掃除
午後
一時  寝る
二時  港より出発 帰る

神父さんの一貫した講習テーマは「協力することの大切さ」でした。
一人で出来ることなんてたかが知れているけれど、誰かと手をつなぐことで出来ることが沢山ある。というのが大要。フルのチューク語講義でさすがに理解できなかったので同僚がちょこちょこ教えてくれました。

最後に校長とチームを組んでディスカッションしたんですが、不意に私の宗教を尋ねられました。よくある質問なんですけど、校長はシスターでもあるのでちょっと重みが違います。シスターとはいわばキリストに捧げられた者、女としての幸せは全部キリスト様に捧げている身です。だからこそ、下手に嘘をつくのもいやだったので「キリスト教じゃないよ、ごめんね。ちょっと日本人の宗教観は複雑なんだ。」と答えると少しさみしそうに「分かった。」と言った後どっかにいなくなっちゃいました。

そのあと、リトリートの仕上げとして職員の前でグループ毎に発表をしていく場面があったのですがそこでシスターが全職員の前でうちのグループの代表として発表してくれました。
ちなみに、最後のディスカッションの質問項目は三つ。「あなたの心には誰かを受け入れるだけの場所がありますか?」「あなたが今対峙している人の心にはあなたを受け入れてくれる場所がありますか?」「では神様は私たちの心のどこにいるのでしょうか。」
だいたい全ての講義において最後には神様につなげるような流れなっているんです。私にとってはテーマとしてもすんなり答えられる質問だし、大事なことだなと思うんですが神様が入ってくるとどうにも素直に入ってきません。まぁ、だからディスカッションの時にちょっとシスターにつっこまれてしまったのでありまして。
話を戻して、シスターの発表のこと。シスターはこうまとめてくれました。だいぶ要約します。「私にはだれかを受け入れるだけの場所があります。そして、私のチームのメンバーには私を受け入れてくれるだけの場所がありました。ただ、コータイの中には神様の居場所はないようです。コータイはクリスチャンではありません。でも、私たちはそれでもコータイと仲良くできるはずです。私は仲良くしたいと思います。」
チューク語だったので、正確な訳ではないと思いますが、大約は合っているはずです。職員みんなの笑顔と拍手に包まれて無事講義は終了。ありがとう校長。



昼間はハエと夜は蚊との戦い。目的がいまいち分からんし、スケジュールもあやふや。疑問を感じることばかりで正直かなりきつかったけど校長の最後の一言で参加してよかったと思えました。国民性みたいなのを自分が変革できる訳もないし、すべきじゃないと思うし。なによりこの国のそういうところ嫌いじゃないし。このだらだらずるずる動いていく国の中で自分が出来ることを作っていかなきゃいけないんでしょうな。




二日間お疲れさまでした。

2011年9月16日金曜日

トムとジェリー。(命の可視化)

最初に言っておく。グロ注意、引き返すなら今のうちです。

トムとジェリーを見たことがあるだろうか。もちろんアニメーションではなく、リアルな方である。ネコがネズミを捕る。そんなイメージはだれにでもあるものの、目撃したことのある人はどのぐらいいるんだろう。

カリン様がいつもと違う声で鳴いていたので台所から外を覗くと何やらずるずると引っ張っておりました。


ずるずるずるずる。そこには首を咬まれて動かなくなったネズミが横たわっていました。時折ぴくぴくと動くネズミ、おそらく殺されてまもなかったんでしょう。


口を真っ赤に染めながら、カリン様は音をたててどんどん食べていきます。ゴリゴリゴリ。骨ごと食べていくのでちょうど氷をかみ砕くような音がします。


首筋のあたりから食べ始めて徐々にしっぽの方へ。


引っ張って引きちぎって、それはそれは上手に食べていきます。集中しているカリン様、何かを発見したみたい。


口を止め、遠くを凝視するカリン様が突然、威嚇するような声をあげてするどい目つきをしたと思ったら、もう一匹ネコ(小くん)が獲物を横取りしようと狙っていました。


横取りしようとするネコ(小くん)の攻撃をバックステップでかわすと目にもとまらぬスピードでカリン様はどこかにいってしまいました。


いやぁ、すごいなー。動物が動物を食べる姿というのは感動に値しますね。ここに来てから目に見える命を目撃する機会が圧倒的に増えました。それは動物同士に限ったものでなく、人間の生活にも見てとれます。ここでは、子どもが鶏の首をつかんでてくてく道を歩いてるのなんて日常茶飯事だし、ブタなんてのはちょっとした祝い事があれば普通に家庭で殺して食べます。ブタを殺す瞬間はかなり遠く離れたところまで女の人の悲鳴のような声が木霊するんですよ。このまえのカメにしてもそう。目の前で血まみれになって殺したものを、そこで食べる。まだ、犬は食べたことないんですが、きっと同じでしょう。

日本でスーパーに並ぶ綺麗なお肉から命を想像するのは難しい。それは、意図的に見えないようにしているんだと思うんですね。でも、実際は人間もかなり血なまぐさいもんを喰ってるんです。カリン様がンギャンギャいいながらネズミを丸かじりして教えてくれました。

さて、学校行ってきます。今日からリトリート。座禅だと思って自分を振り返ってきます。

2011年9月15日木曜日

毎日が参観日です。(恩には恩で)

校長が授業をのぞきに来てくれました。

うちの学校は教室が外から丸見えなんですよ。金網はあるものの大きな網なので、まあ実質吹き抜けです。まあそうじゃないとクーラーも扇風機もない教室内は暑くて死んでしまいますからね。いわば常にオープンスクールなのです。だから、よく金網の向こうに保護者やら、他の先生やらが立って授業を見ていて、まさに毎日が参観日。

つまりは今回はそれが校長やったというだけの話。

今日はまたまた担任がいなかったので担任代行をし、そのまま授業をしていたんです。もはや朝学校に担任がいないぐらいでは動じなくなってきた自分にびっくりしますね。最初は一人の保護者が金網の向こうで授業を見ていたんですが、気づけばその横に校長も立っていました。校長はなかなかのオーラの持ち主でずばずば意見を言い切る人です。それでいて人望があるのでなかなか魅力全開です。

とりあえず、担任がいない上で運営してることだけ伝えとかなあかんので、「担任はどこにいるの?」と聞くと「知らない!続けていいよ!」とあっさり答えてくれるとこらへんに校長の大物っぷりが伺えますでしょでしょ。

まあ気にせず続けてたら窓の外からずっとにやにやしながら授業を見ているわけです。

にやにやにやにやにやにやにやにやにやにや。
にやにやにやにやにやにやにやにやにやにや。

なにやらすごく楽しそうです。これは、なんか企んでるな。絶対あとで何か言われるんだろーなと思っていたら案の定結局最後まで授業を見ていた校長に終わった瞬間に呼び出されました。ミリオネアばりに言葉を溜める校長。なんやねん、何か言いたいことあったらいっその事ずばっとゆうてくれ、と思った瞬間。

めっちゃでかい声で、
「べぇぇぇぇりぃぃぐぅぅぅぅっどっ!」

くそっ、策士め。無駄にドキドキした時間を返してくれ。とか言いつつも、褒められるとやっぱり嬉しいもんですね。特に特別なことをせずいつも通りの授業してただけなのでどこらへんがグッドやったのかは正直ちょっと分からんけどまあ素直に喜んどきましょう。

ほんで、帰りには車で家まで送ってくれ(いつもは歩いて帰る)、車の中で「ホームシックにかかってない?」と気遣ってくれる始末。

「会いたい人はいっぱいいるし、ここで出来ないことでしたいことはいっぱいあるけど〝ホーム〟シックにはかかってないと思うよ、ここに〝ホーム〟を感じれているから幸せですよ。」と今思ってることを素直に答えると、

またもや、めっちゃでかい声で、
「べぇぇぇぇりぃぃぐぅぅぅぅっどっ!」とな。

家に着き、ママスに今日学校で校長に授業褒められたよーっと報告する(毎日学校であった出来事を話して聞かせています)と、自分が褒められたかのように喜んでくれるし、どんだけだし。

明日の夜から日曜日にかけてバレム島というところで泊まりがけでリトリートがあります。リトリートは宗教行事の一つらしいけど詳しくは知りません。職員と生徒がみんな集まり、教会で瞑想をし、夜は床で雑魚寝をするそうです。ちなみにチュークは本島以外には一切電気はありません。同僚にしれっと、「ピクニックみたいなもんか?」と聞くと全否定されました。ほんまやったら明日の夜には先輩隊員の送別会に参加するつもりやったのに、いきたくないなぁと思ってて、ずばっと校長にいかへんってゆうたろかなーと九割方は思っていたんですがなんか今日は職場でもステイ先でもほっこりさせてもらったので行くことを決断しました。校長の発言から推測するに全職員は強制参加だけど私だけ特別待遇で行くか行かんとくかは選んでよさそうな雰囲気だったんですけどね。

前にも書いたけど、宗教的なのはけっこうきついです。理解はできるし、リスペクトはそこそこできるけど受け入れることは私にはとても難しい。でも、この国にとってキリスト教はもはや文化と呼ぶしかないぐらいに深く根付いているのです。確かに大昔は精霊信仰みたいなんがあって、よくハワイなんかのミクロネシアショーとかで目にするようなステレオタイプな南の島の衣装で身を包みダンスをしていた時代があったそうですが、ここでキリスト教はいらんから、そういったこの国のオリジナルな文化を見せてくれなどと言うのは、日本に来た外国人が「どこに忍者がいるの?サムライは?」って言うようなもんなんですよね。

この国にまるっと受け入れてもらっているなぁ、と日々いろんな場面で感じます。職場で先生たちや子どもたちからの、家では家族からの愛情をひしひしと感じるし。道を歩いているだけでもほんわか地域ぐるみで包みこまれているようなあたたかみを感じます。だから、今現在のこの国のベースになっている宗教についてはやはりこちらがストレスを感じない程度は受け入れようと思うし、受け入れるべきでしょう。ここは一日本人として恩には恩で答えたいじゃあないですか。

2011年9月14日水曜日

コピーキャット。

コピーキャットって言うのはですね、日本で言うところの猿まねってやつです。

「まねすんなや!」とかっていうときの〝まね〟ですね。辞書とかで見ると名詞と形容詞しか出てこないんですが、我らが尊敬しまする英語の先生曰く動詞的にも使えるのだそうな。

チューク語ではニカップルと言います。
本題に入るとですね。ついにニカップルしだしたんです。生徒たちがついに。


こ、この髪型はっ!みるからにヤンチャそうな彼だけならまだしも、こんな真面目そうな彼まで。自慢げに頭を見せつけてきます。


そうです、私の髪型のニカップルです。チューク人男性のよくしている髪型は後頭部あたりの一部を伸ばして弁髪もどきを作るんですが私のしているやつはちょっと違う!後頭部よりももっと前より、まあど真ん中ぐらいを伸ばして束ねているんです。まあチュークとサムライが混ざると私のスタイルになるとでも言っておきましょうか。とりあえずチューク文化へのオマージュと言っておけば聞こえはいいですね。

この前、隊員同士で冗談で「このヘアースタイルを流行らせるねん!」みたいなことをゆうてたらきてますよコレ。確実に浸透してきてます。

ちなみに、日本でこんな髪型をして職場に言ったらどやされそうですが、この国ではむしろ賞賛されます。うちのママスなんて、家を出るときに髪をこのスタイルにせずに行こうとしたら怒るぐらいですから、「なんて頭でお出かけしようとしてるの!みっともない!」とね。ほんで、髪を束ねた瞬間にそれはそれはご機嫌になって「最高の髪型ね!さぁお出かけしましょ!」と、べた褒めをしてもらえる訳です。


そんなママスとのツーショット。この日はトール島という少し離れたところまで教会の用事で行ったので、特別にママスが頭をスペシャルおしゃれバージョンにセットしてくれました。ってゆうてもゴムで縛っただけやけど。

いやー、ほんとにこの髪型はチュークではかなりの破壊力があります。全然しらん奴まで、「おまえの髪型最高やな!」って話しかけてくれます。あとチューク人はサングラス好きなのでメガネにもかなりいい反応をしめしてくれますね。

さ、みなさんチュークに来る時は男性の場合は弁髪にして、女性の場合は長髪で三つ編みとかにして来よう!きっとちやほやしてもらえますよ。