2011年9月24日土曜日

原風景。

国外で生活していてふと日本を思う時、私の場合即座に頭に描写される映像は春の桜並木でもなく、京都の伝統的な家屋でも日本庭園でもなく、神社の境内なんかでもなく、ありがちな田園風景でもなく、ただただシンプルに縁側(えんがわ)で昼寝している子どもの姿です。
縁側で昼寝しているのは幼き頃の私。目をつむっても太陽をまぶたごしに感じるんですね。太陽は不思議だね。あればっかりは視覚情報じゃないと私は思うのです。目を閉じていようが太陽がどこにあるかかなり正確に分かる。少なくとも私は目を閉じて太陽を感じてゴロゴロするのが好きな子どもだった。ほんで気づいたらどこからともなくオカンの声がするんですね。ほしたらぼちぼち友達がきて。目を開けなきゃいけない。開けなきゃいけないんだけど、開けた途端に太陽を感じなくなるんです。その瞬間に太陽はただの光に戻ってしまっちゃうのが哀しいね。
太陽はきっと目を閉じて初めて感じるものなんだろうなぁ。裏を返せば目を閉じてさえいればいつでも太陽は感じることが出来る。現に眠りにつくとき私はいつも太陽を感じて眠るのです。まぶたを閉じて、じーっと太陽のことを考えているとまぶたの裏がぽかぽかしてきて、何も見えないけど明るくなるんです。暖かくなるといった方が正確な表現かなぁ。

日本にいるときから何度となくこの風景を頭の中に見てきたけど。こっち来てからは頻繁にこの風景が頭によぎります。

私の原風景、その中で私はいつもぽかぽか気持ちよくて。
いつもぐーすか眠っているのです。


明日は日曜日。
お店の番をするという名目で教会にはいかず日向ぼっこでもしようかな。

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