2011年9月20日火曜日

さよならだけが人生だ。

明日は学校を休むことにしました。校長先生のところにいって、「ちょっと明日休みもらいたいんやけど」と言うとおどろくほどすんなり許可してもらえました。理由は、明日が先輩隊員の帰国日やからです。正確には首都に活動報告をしてから日本に発つんですけどまあややこしいからその話はやめとこ。

チュークに一番馴染んでいた先輩で、現地人と恋をしようとせっせと二年間頑張っていた唯一の隊員。残念ながらチューク人を連れて帰るには至らなかったようですが、いろんな伝説を残していってくれました。協力隊は一年間に四回派遣のタイミングがあり、それぞれバラバラの隊次で派遣されています。それはつまり任地にいる隊員からすれば一年に四回お別れのタイミングがあるということで、やっぱり三ヶ月とはいえいろんな活動を共有した仲間との別れは寂しいもんですね。

日本に帰りたい思いとは裏腹に一年と九ヶ月したら自分も帰るのか、なんて思うとやっぱり寂しいもんです。

花に嵐のたとえもあるぞ
さよならだけが人生だ

この詩を高校で生徒に教えたのももはや五年前。
自分の教え子は元気にしてるかなぁ。

赴任して三ヶ月だというのに、既に自分の後任の要請を希望するかどうかを決めないといけないということで今日は明日の休みをもらうついでに校長にその話をしました。まあいろいろ手続きやらなんやらで時間がかかるのは分かるけどさすがに早すぎますよね。
結果から言うと要請希望を出すことを決定しました。まぁ、希望なので通るかどうかは知りませんがね。校長はこんな早い時期に自分が帰った後の話をしたので本当にびっくりしていました。しかし、お世辞であれなんであれ「いい活動してくれてるよ、次もコータイみたいなんをよろしく!」と言ってもらえただけで有頂天になれる自分はなんとも単純ですね。自分たちの活動の最大の目的は現地に必要とされることだと私は思っています。ともすれば何のためにおるのか分からんくなりがちな協力隊ですが、もうお前みたいなんいらんって思われたらおしまいやと思うんですよね。大げさかもしれませんが協力隊としての最大の意義を失っていると思います。

さよならだけが人生だ

さよならさよならさよなら。さよならばっかりです。
でも、どうせ無限に続くさよならであるならば、一つ一つのさよならを金輪際合わないぞっていうさよならではなく、いい出会いやった!またどこかで!今は別れるしかない「左様ならば」別れよう!と、潔くも名残惜しい次に続く「さようなら」にしていきたいと思うのです。

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